12月のドイツ日記

ドイツ日記へ戻る

1月のドイツ日記へ

 

クリスマスの街(12月第4週)

 12月にはいるとドイツの街は真っ暗な気分。話には聞いていたけれど、本当に日が暮れるのが早くなり、急に寒くなり、ちょっと前まで夜になっても遊び回っていた近所の子どもたちの声も聞こえなくなる。そんな暗さとちょうど反対に、クリスマスの飾り付けがたくさん見られるようになるのが大きな慰めになる。面白いなと思ったことをふたつみっつほど。

 人間等身大の大きさのサンタ人形みたいなものが笑える。デパートの壁面をたくさんのサンタ人形が登っていたり、普通の家のベランダから進入しようとしていたり、集合住宅の屋根の上の煙突から入ろうとしていたり、消防署の非常階段を登ろうとしていたり(ただしこのケースだけは、消防士さんの服装と色が似ていてあまり目立たないかも)。毎年派手な電飾でわがみどりが丘団地のクリスマスムードを盛り上げてくれるYさん宅も、是非この人形をかって、ベランダから忍び込もうとするサンタをライトアップしてほしい、というのが僕の願いです。

 街のあちこちのちょっとした広場のようなところには、高さ10メートルくらいのモミの木がたてられて、美しい電飾をつけられて街を彩る。電飾をつけるのもクレーン車にのってやるようなわけで大変手がかかっているけれど、僕がおおっと思ったのは、それらのクリスマスツリーが「さし木」だってこと。道路にあいた穴に、根本付近で切ってあるモミの木をどーんとさしてあるのだ。まるで点滴のように、木の根本には何本ものチューブがさされていて、おそらく12月の1ヶ月間は枯れないように栄養補給されているのだ。各家庭で買い求める2メートルくらいのツリーも同様で、みんな根付きではなくてきってある。それを頑丈な剣山のようなものにさして使う。クリスマスが終わると、燃えるゴミ。

 クリスマスまでの1ヶ月は、各地に特別なクリスマス市が立つ。仮設の商店街がどーんとできる。僕らもフランクフルトで一番にぎわうといわれるレーマー広場のクリスマス市に出かけた。すごくにぎやか。例によって移動遊園地も来てるし、文字通り、所狭しとクリスマス用品、軽食その他たくさんのお店とたくさんの人出。大きな大学の学園祭のよう、とでもいうと近いかもしれない。この人出がほぼ1ヶ月、毎日続くところがすごいと思う。やっぱりそんな行事でもないと、暗くて寒いヨーロッパの冬は乗り切れないんだろう、と僕は大いに納得しつつ、暖めたドクターペッパーみたいな味の名物、グリューヴァインを飲むのであった。


xmasmarkt.jpg


ああウィンドウズ!(12月第3週)

 しばらく更新が止まってしまいました。研究所のLANにつなげて使っているウィンドウズ機が壊れてしまったからです。ソフト的に、ではなく、どうやらハード的に壊れてしまったみたい。なにしろACアダプタをさしてもランプが点灯しない、バッテリーも作動しない、充電されている気配もない。要するに何もできない。壊れた原因は、ちょっと思い当たる節もないではないのですが、まあ仕方ない。

 で、まずやったのはその某日本メーカーのサポートがここフランクフルトで可能かどうか調べること。このメーカーの外国向けのページをみると、なんと、ドイツにはたくさんの「パートナーショップ」があると出ているではありませんか! しかもそのうちの1軒は、我が家のすぐそばのようです。勇んで電話しました。相変わらず不慣れなドイツ語で、「あの、私の日本から持ってきたノートパソコンが壊れたみたいで、メーカーのページでお宅の電話番号をみたんですが、診ていただけますか…」といってみたものの、答えはつれないものでした。「ああそのメーカーのパソコンなら、ここへ電話してください、番号いいますね…」僕には<とにかく今すぐ診てほしいんです>って交渉するだけのドイツ語力はありませんでした。

 その電話番号が何の番号なのか、ついにわかりませんでした。何度かけても話し中だからです。ハード的に壊れている場合、ほとんど修理はできなくて中身をまるごと交換するような羽目になることが多いんだよなあ、と自らを納得させて、修理は断念しました。

 ドイツへ来るときに、ウィンドウズノートを1台、マックのiBookを1台、持ってきました。iBookは自宅でモデム経由で使うため、ウィンドウズ機は私のいく研究所のLANにつないで使うためです。本当は2台ともマックにすればいいのですが、マックを研究所のLANにつなぐことができるかどうか、ちょっと不安があったので、ウィンドウズにしてしまったという経緯があります。結果的にはマックもちゃんとLANにつなげましたが、ときどきウィンドウズでした読めないファイルを添付したメールも来ますから、これはこれで正解でした。しかしこのあと、どうしたらいいんでしょう? 氷点下の中を毎日のようにiBookを持ち歩くわけにもいかないし、マックまで壊れたら完全にお手上げだし。どうしよう。

 結局、自費でノートパソコンを1台買うことにしました。でもどうやって?
(この項続く)


ああウィンドウズ!(続)


 予期せぬ出費なので、できればやすく抑えたい。日本語のOSじゃないと不便だけど、こちらではもちろん日本語のOS付きのパソコンなんて売っていません。少し考えた末、パソコン通で秋葉原巡りの好きな先輩(私と同業、某私大の教育学の教員です)にヘルプメールを打ちました。「僕のために、適当な中古パソコンを買ってドイツまで送ってくれませんか?…」詳細は割愛しますが、持つべきものはよい先輩。忙しい中、歩き回って適当な中古を探してくれました。約2年落ちのA4ノートでOSなどプリインストールの状態で郵送代まで含めて約10万円なり。直ちに郵便局から発送してもらい、ほんの3日間で当地へ到着しました。結局、もとの某日本製ノートパソコンが壊れてから、約10日間で新しい中古ノートを手にできました。

 その先輩の話では、秋葉原界隈のウィンドウズ中古ノート市場はとても充実しているとのことでした。予算をきちんと把握しておけば、それに見合ったそれなりの中古パソコンがいくつも見つかるようです。クリスマスで街がにぎわう中、その先輩は私のために秋葉原へ行き、ちゃんと動作チェックもして、私の用途に必要ないくつかのアクセサリも確認して購入してくれました。ありがたいことです。

 さてさて、今回購入してもらったノートはIBM製で、キータッチのカチカチした感じは割りと気に入りました。しかし如何せん、ウィンドウズです。いま、ウィンドウズでできることのほとんどはマックでも当然できるのですが、それでも特にデータのやりとりの時にはウィンドウズ環境に合わせておく必要があるときもあります。いうなれば、ポロシャツ&ジーンズにスニーカーが楽で合理的が好きなのに、人に会うときは似合わないスーツを着て革靴をはかなきゃならない、ような感じでしょうか(どっちがどっちに相当するのかって? そりゃ当然…)。ともあれ、ウィンドウズの中古市場の充実ぶりにはほとほと感心させられました。ひょっとすると、これを機に、全面的にウィンドウズに宗旨替えしたり…はしないと思います。やっぱりメインはマックです。なぜって、それは。次のどの理由と同じでしょう。

(1)フォルクスワーゲン・ゴルフを買ったのと同じ理由から
(2)もう10年もファイロファックスのシステム手帳を使っているのと同じ理由から
(3)ビールはモルツが好きなのと同じ理由から

(この項終わり)

小さな国際試合(12月第2週)


僕らの住んでいるフランクフルトは世界的な都市なんだけれど、東京のようではなく、街のあちこちに巨大な公園、広場、遊び場がある。つい先日、今まで気がつかなかった公園が歩いて5分ほどのところにあるのを発見。そこは起伏のある緑の広場、といった感じのところなんだけど、中央には小さなサッカーフィールドがある。ちょうどハンドボールのゴールくらいの大きさのゴールが備え付けられていて、広さもハンドボールコートくらい。土曜日の午後、サッカーボールをもって長男とそこへ遊びに行った。

 さすがに寒くなってきたせいか(すでに昼間でも氷点下)、誰もいなかった。ひとしきりボールをけってPK対決とかしていたら、5、6年生くらいの男の子が二人、やはりサッカーボールを持ってやってきた。向こう側のゴールでPK対決とかしている。ちょっとしたら、その二人が僕らのほうへ近寄ってきて、「2対2で試合しませんか?」とのお誘い。長男はさておき、僕はサッカーが下手なのだ。ちょっとひるんだけど、ここで逃げては日本男児の名折れ、というよりもせっかくのお誘いなので、やることにしたのだ。

 やっぱりうまかった。二人のうちの一人は最初からサッカースパイクはいてたし。でもちゃんとこちらのレベルに合わせて、楽しんでプレイしてくれたのだ。日独対決はもちろんドイツの勝利でしたが、長男も楽しかったようだ。このコートでやるときの草ルールは、10点先取で勝利、途中どちらかが5点取ったらサイドチェンジのようだということもわかったし。問題として残るのは、長男のレベルに僕がついていけないことだ。

 振り返って考えるに、どうみてもアジア系の親父と子どもにゲームしようと声をかける神経って、僕らから見るとやはり普通じゃない。日本でなんか、どうみても日本人の人にだって声をかけるのはためらわれることしばしば。ましてや外国人の親子になんて、と思うだろう。外国人がありふれている環境の中でこそ、そういう感覚って養われるんだろう。似たようなことは、思い出してみるとよくある。バス停で時間を聞かれることもよくあるし、道をたずねられることもある。スーパーで、おじいちゃんに「この赤札に書いてある安売りのビールはどれだと思いますか?」って聞かれたこともある。

 思うに、たぶんこのあたりの人にとっては相手が外国人であるかどうかなんてなんの意味ももたない情報なんだろう(雑談のきっかけとしては「どちらから?」とは聞くけれど)。これはあたりまえといえばあたりまえ。とはいえ、最近日本で「総合的な学習の時間」のひとつのテーマとして例示された「国際化」(その他の例示テーマは「情報化」「環境」「福祉」だったかな?)なんかだと、まず外国人を無視しない、コミュニケーションを拒否しない、日本人じゃない人も人間として認める、あたりから始めることになるんじゃないだろうか。でもそれだといつまでも外国人は「異物」なんだな、きっと。「異物」を認知することを教えた上で、それとの付き合い方を考えるのか、それともそもそも「異物」なんかじゃないんだ、ということを教えるのか。これはけっこう大きな論点かもしれない。

 ここまで書いてから、そうだこの話はM・ヌスバスム編の『国を愛するということ』の中に出てきた「コスモポリタン愛国主義」をめぐる論点と似ているな、と気がついた。典拠明示の原則に従って、一応書いておきましょう。

 


クリスマス会その1(12月第1週)


ほんとうは11月30日のことなので12月ではありませんが、とにかくその日、長男のサッカークラブのチームのクリスマス会があった。会場はクラブハウス。クラブハウスは基本的には飲み屋のような形態なので、わざわざ他の会場を考える必要がないのだ。ふだんから、子どもの練習を待ちながら、いっぱい飲んでいるお父さんもよくいる。クラブには、下から上までたくさんのチームがあるので、12月はクリスマス会の予定が一杯、そういうわけで私たちのE-ユーゲントのクリスマス会はちょっと早いけれどこの日だったのだ。

 パーティのやり方はいたってシンプル。2週間くらい前に一度、練習のあとに父母の打ち合わせがあって、そこでコーチがみんなに一人一皿なにか料理を持ってきてくれるよう頼み、みんながそれぞれいろいろ持ってくるものをいう。あとはクラブからの子どもたちへのクリスマスプレゼントの中身について相談。当日は、パーティの始まる時間ちょうどくらいに三々五々と集まり始め、もって来た一皿をすみのテーブルに置く。子どもたちにはジュース一杯が無料で配られて、大人は自分でグラスビールでもコーヒーでも現金で買って、それぞれが適当にすわっておしゃべり。一通りそろったところで、コーチが「料理とってもいいよ」と子どもたちに言い、好きなものをお皿にとる。しばらくしたところで、コーチから一人一人に励ましの言葉や来年の目標とともにクラブからのプレゼントが渡される。あとは、好きにおしゃべりして、食べて、という感じ。あまりしゃべれない私たちは少し気後れもするけれど、肩肘張ったところのない、気楽なパーティだ。

 我が家が持っていった一皿料理は(ジャパニーズ-スペシャリティということで)いなり寿司と、サッカーボール風に海苔をはったミニおにぎり。異彩を放っていたことは間違いなし。コーチは大喜びでした。あるお父さんが、デジカメでとったチームの写真を食べられるインクでプリントしたデコレーションケーキを作ってきていて、これも一つのハイライトでした。

 クラブからのプレゼントは、冬の練習用のフリースの手袋と帽子、すねあて、そして小型のサッカーボール。ひとり70マルク(4000円弱くらい)の予算がクラブから出るっていっていたけれど、どうしてそんなに?という疑問は相変わらず残る。だって会費はひと月5マルク(300円)。クリスマス寄付のお願いっていうのもまわってきたけれど、みんなそんなにたくさん出さないみたいだし。不思議だ。ともあれ、いいものばっかりもらえた気分の我が長男はますますドイツのサッカークラブが好きになってしまったのだ。

 


クリスマス会その2(12月第1週)


翌日12月1日は長女の自由ヴァルドルフ学校のアドベント祭。2週間ほど前の父母の会で、少しだけその打ち合わせがあって(本当はもっと前に本格的に打ち合わせがあったようなのですが)、どうやら長女のクラスでは「雑穀サラダ店」みたいなものをやることになっていることがわかった。その単語がどうにもききとれなくて、Koernersalat って言っていたらしいんだけど、最初はコーンサラダかなとおもって、次にコールサラダ(キャベツです)と思って、それにしては最低1キログラムとか言っていて、そんなにキャベツを千切りしたらすごい量になるぞ、などと思って困惑。あるお母さんが「スシでもいいのよ! そうよ、スシを持ってきたら!?」というので何でもいいのかなと思ったり、別のお母さんはそれでも「サラダじゃなくちゃダメよ」といったり。レシピ集みたいなものがあって、それをみるとどうもサラダじゃないようなものばかり出ていてますます困惑。

 家に戻っていろいろ考えるに、「雑穀」をつかった何か、だろうということで納得することにして、前日に予定されていたサッカークラブの準備ともセットにしていなり寿司とスモークサーモンをのせた押し寿司ケーキ風にすることに決定。

 アドベント祭は、ちょっとした高校の文化祭のようでした。校舎のあちこちにいい感じの出店が作られていて、手作り品を中心にした小物やクッキーなどが売られている。いくつかのクラスは(長女のクラスもその一つ)昼食を提供するレストランのような店を教室でやっている。「世界のヌードル」「ビバ!イタリア」「イモ、いも、芋」とかいったテーマを設けて、どこもクラスの父母の持ち寄りで、生徒は売り子さんや片づけで協力。この学校には大きな性と食堂があり、大きな調理場があるのだけれど、そこが朝からフル回転して大量のケーキを焼いたり、洗い物を一括して処理したり。一方、講堂のようなホールでは、子どもたちの出しもの。今年の呼び物は英語サークルの子どもたちによる英語劇「クリスマスキャロル」でした。主体は小学5年生くらいの子どもたちでしたが、よくできてました。歌あり踊りあり、上級生の弦楽四重奏のBGMも素敵でした。

 たぶんこの楽しいお祭りは、「売り上げ=寄付」が大きな目的だと思う。いったい一日でいくらの売り上げがあるのか想像できないけれど、あの人出、あの教室レストランの込みようから考えると相当のものだろう。なにしろ料理は持ち寄りだから仕入れ値はゼロ。ジュースとかは学校で一括仕入れで売ってたし。日本の高校でこういう文化祭をやろうとしたら、どうなるかななどとついつい考えてしまいました。

 なおこの日、まだほとんどドイツ語のわからない妻も、少しドイツ語がわかり始めた長女も、教室レストラン「雑穀サラダ店」の売り子として参加。わからないなりにがんばってました。えらい! というのも、ほとんどの「雑穀サラダ」が正体不明の料理で、お客さんが聞くんですね、「これはなに?」って。わからない料理だったことは、この場合、かえって幸いだったかもしれませんが。




▲ページの先頭へ

inserted by FC2 system