3月のドイツ日記

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ドイツにも人工芝(3月21日)
この火曜日、長男のサッカーチームの試合がアウェイで行われた。チームのグラウンドに4時に集合して、僕らは例によって他の人の車に乗っけてもらって会場へ。お父さんも何人も来ていて(練習にも結構来ているんだけど)ほんと相変わらず不思議。仕事はどうなっているんだろ?

 相手チームのグラウンドに到着して、子どもたちがなにかきゃーきゃー言っているなあと思ったら、なんとこのチームのグラウンドは完全人工芝だ。へえ、ドイツにもこんなのがあるんだぁ、と驚き。子どもたちにも珍しいらしく、さわったり滑ったりしている。初めて見たよ、っていっているお父さんもいたから、きっと珍しいんだろう。このチームにはグラウンドはこの1面しかないようであった。ちょっと珍しいパターン。コーチは、「このグラウンドはダメだ。日本のグラウンドはこんなのばっかり?」なって言ってたぞ。天然芝でサッカーなんて日本の子どもたちには考えられない、って話したことはあるけど、それを覚えていたのかな?

 試合が始まると、めずらしく我がチームの攻勢がつづく。フリーキックがバーをたたいたりしてチャンスは何度もあったものの、前半の得点機を逸したのが響いて結局0対0のひきわけ。今日の相手は(あとでわかったんだけど)ホームでやって、長男のチームが唯一の勝ち星をあげた相手であった。引き分けではいけなかったのだ。もしかすると、二度と勝ち星を手にできないかも...

 長男は右バックで先発。そこそこがんばっていたんだけど、後半になったら全然走れなくなっちゃって、いったいどうしたんだ?って感じ。終了5分前には相手フォワードの頭突きを食ってふらふらになり、交代したのだった。今日のグラウンドはとにかくボールが滑って、なかなか止まらない。その分走る距離も長くて、しかも普段の芝生やアンツーカと違って堅くて、ほんとに疲れたみたい。他の子どもたちもみんなバテバテで、後半は互いにあまり攻めてがないような展開だったのだ。

 考えてみれば、9歳や10歳で大人と同じサイズのフィールドで25分×前後半というのはすごく疲れるんだろうな。サッカーについてはすっかり親バカ状態になっているから、「根性見せろ、走れ、あたれ、すべれ!」とか叫んじゃうわけだが、自分じゃ絶対できない。ソフトボールやって一塁まで走るとばてちゃんだから。日本も世界と戦うためには9歳からフルサイズのグラウンドでやらなきゃいかんのかも。いや別にうちの子どもが世界と戦うわけじゃないんだけどね。

 


8年生のクラス劇(3月16日)


きょう、長女の通う自由ヴァルドルフ学校へ8年生のクラス劇を見に行ってきた(長女な7年生)。子安美智子さんの『ミュンヘンの中学生』によれば、自由ヴァルドルフ学校にとって8年生のクラス劇はとても重要なもので、8年間持ち上がりだった担任の先生とクラス集団にとって、ひとつの集大成のようなものであるらしい。8aと8bは別の劇を、別な日程でやるんだけど、僕らは8bの方の日程は見過ごしてしまったらしい。残念ながら片方だけ、みることになったというわけ。

 このクラスが選んだ脚本は、ホフマンというひとの「フロイライン・スキュデリ」とかいう話。劇中では「マダム・スキュデリ」っていっていた。演目がわかった時点で、またまたインターネットでこの話のあらすじをしらべた。驚いたことに翻訳があるらしい。それも明治大正のころに、江戸川乱歩とかその周辺の妖奇小説の仲間として紹介されていた模様。乱歩とか、黒岩涙香とかって中国や日本の古典、外国の小説からのパクリ(上品に言えば翻案)をけっこうしているらしい。またまた日本の翻訳文化おそるべし。

 殺人事件が起こって、ぬれぎぬがかけられて逮捕されるやつがいて、とかいったあらすじはわかったものの、実際のところどういうところがポイントなのかはわからなかった。劇を見ていても、あんまりわからず。普段の話し言葉っていうのが一番わからないんだよね。あいかわらず。少なくとも、妖奇ものではなかったことは間違いないんだけど。

 いずれにしても8年生=中学2年生とは思えない充実した舞台だったのだ。そのことも間違いなし。

 さてさていいものをみたなあ、と感慨に浸りつつの帰路、ついつい(よせばいいのに)僕はわが細君を相手に日本の学校の「がんばっている先生」について読み聞く範囲で考えていることをしゃべりたくなってしまったのだ。これが失敗。10年間の教員経験のある妻は、机上の学問しか知らない僕の講釈など聞きたくないし、聞いてもたいていは納得しないのだ。気がつくと、空気が不穏になっている(笑)。わかっていたのに、ついついクラス劇の余韻が僕につまらん講釈をさせてしまったのだ。

 比較を安直に良否とか優越とか正不正に置き換えないこと。比較研究に手を染める研究者の端くれとして、外国との比較だけでなく様々な場面でこれを考え方の一つの基本においているつもりなんだけど、実際、比較の結果を簡単にそういう風に置き換える研究者もいないわけじゃないだろうから、比較すること自体を安直に良否の判定をする作業だと誤解している人もたくさんいる。そうじゃないんだけどなあ。ありゃりゃまたまた小難しくなってしまったのでこれにて大団円、と(乱歩風に?)。

 

誕生会ふたたび(3月15日)


2月中頃、長男がクラスの子から誕生会の招待状をもらった。ひと月ほど先の日付で、気が早いなあと思ったけれど、来てくれる人は電話して下さいと書いてあったので電話した。相変わらず電話で話すのはちょいと苦手。「誕生会招待ありがとうございます、行きます!」っていったのは伝わったと思うんだけど、細かいことはわからなかったなあ、とか思っているうちにその日が近づいた。

 肝心な集合場所がわからなかったので結局手紙を書いて教室でその子に渡してもらうことに。うちの子も喜んで出席しますが、どこに集まればいいですか? そしたら次の日の朝、学校の門の所でその子のお母さんが待っていてくれて、丁寧に教えてくれた。ラッキー。

 長女がクラスメートの誕生会によばれたときも書いたんだけど、僕は本来的にそういうのが苦手。でもここドイツではせっかくの機会なので行け行け、と子どもには言っている。長男の場合は、その子の自宅に集まってから近くのショッピングセンターの中にある常設の子ども劇場のようなところで劇を見て、それからピザハットでみんなでピザ食べる、っていう企画だった。帰りには小さな袋にお菓子を詰めたおみやげをその子からもらってお別れ。それぞれの子どもたちもちょっとしたお祝い(手紙とか、花とか、お菓子とか)を持ってくるようであった。

 自分の子どもの誕生日をクラスメートにも祝ってもらいたいという気持ちは自然なもので、この点からみるとちょっと考えあぐねる。そんなのはやっぱりなじめないな、と思う気持ちと、そういうのはやはりすてきな習慣だと思う気持ちと。再び学校に話を戻せば、この日は朝からその子のお母さんが持ってきたおやつを休憩時間にみんなで食べて、長男はとってもハッピーだったのだが。

 ちなみに長男が連れていったもらった劇は、先般亡くなったリントグレーンの名作「やかまし村の子どもたち」だったらしい。インターネットであらすじを調べて少し予習していったおかげで、ドイツ語のわからん長男もそれなりに楽しめたらしい(もしかすると少しドイツ語がわかり始めているのかも???)。いやあとにかく日本の翻訳文化はほんとにすごい。

 


本務(3月第1週)


いったいドイツまで行って何をしているんだ、などという声はどこからも聞こえてこないけれど、たまには本務のことでも書いてみよう。

 昨年の秋から冬にかけては学校を訪ねて校長に話を聞くっていうのを仕事の中心にしていた。本を読んでいるだけじゃわからないことが少しはわかったような気がした。30校近く回ったところで、そろそろ中心を切り替えようと思って(寒いせいもあったんだけど)何人かの研究者を訪ねて自分の関心について教示を受けた。そのための準備で少々論文読みなどに時間をさくようになった。このところは、当初からの念願であったアンケート調査の企画を詰めようと思って、社会調査の本などで、ドイツのアンケート表の作り方をお勉強。「どちらかといえば賛成」とかって、ドイツ語でどういうのかな? なんてこともわかったのだ(つまり知らなかったってことですね)。

 そういえば先月は2度ほどフランクフルト地域を管轄する学務局という教育行政の機関を訪ねた。一度目は広報担当みたいな人と約束が取れて、1時間ほど話をした。初めは「ドイツの小学校は4年間で、そのあと進路が分かれて…」なんて話を図解付きで説明されたんだけど、話しているうちに「こいつ、思ったよりもドイツの教育のことを知ってるな」と思ってもらったようだった。最後には「お前の聞きたいことは、局長じゃないと話せないことみたいなんだ。今度、局長とアポ入れてやるからまた来い!」と言ってもらえた。(ちょっとくたびれたジャケットにノーネクタイ、しわくちゃのズボン、ぽーんと出たお腹、という感じのおじさんで、いかにもこんな感じでしゃべるのだ。)

 局長は(着ているものもちゃんとしていたし)貫禄あり。「さあさあ、何が聞きたいのですか?」といった調子で、こちらも少し焦る。でも、「私のテーゼは、今ヘッセンで進められている……によって学校の状況は……になる、というものです」と準備してきたフレーズを言ったら、なんだかうち解けてきて、あとはスムーズに話が進んだ。こうなると、こちらの組織人は面白い。自分の権限に関係することに関心を持っている他人と議論するのが好きみたいなんだな。ただありきたりの事実とか一般論とかを言うんじゃなくて、「自分はこう考えて仕事をしている、これはこういう点で正しい、でもこういう問題がある、お前はどう思うんだ」というスタイルで話すのが好きみたいなんだ。日本だとどうだろうか?とついつい考えてしまう。たいてい、行政関係者ってガードが堅いんだよね。そりゃこちらの組織人にもガードの堅い人はいるけど。

 この日僕の用意した最後の質問は、「政権政党が変わって文部大臣が替わって教育政策が変わると、学務局の仕事も変わりますか?」だった。ちょっときわどい質問。局長の答えは「行政は政治より長生きなんだ」でした。それはドイツの昔の行政法学者オットー・マイヤーの言葉じゃありませんか?といったら、「ああ!そうかもしれないね!」だって。ちょっと説明しづらくて、理解されにくいと思うけれど、こういう瞬間に、遅々として進んでいないとはいえ、多少は研究的生活を送ってきてよかったなあと思うのであった。

 要するに1時間半にわたったこの日のインタビューも大変有意義であったのだが、問題は、こういうインタビューをそのまま論文書きの資料には使いにくいってこと。現実に近い諸問題よりは、天国に近い浮世離れした問題の方が論文的には扱いやすいのだ。ありゃりゃ、このままではどんどん話が難しい方へ進んでしまうので、今日はここまで。起立。礼。着陸。(古すぎるかぁ...)



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