11月のドイツ日記

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滅私奉公の彼岸(11月第4週)
今週、長女のクラスは朝10時から授業。1、2時間目がカット。なぜかというと、先々週から担任の先生が病気で休んでいて、その代わりにクラスを見ていた英語の先生も今週から病気でお休みになってしまったから。来週からどうなるのかはまだわからない。  自由ヴァルドルフ学校では朝の2時間の授業が一番大切で、「主要授業」と呼ばれている。いわゆるエポック授業。つまり、前に書いたとおり、4週間にわたって毎朝2時間、一つのテーマで担任の先生が授業をするというもの。3時間目以降は「その他の授業」で、いろいろな専科の授業、もちろん担任の先生もいくつかの教科を担当する。

 担任の先生が休んでしまうとこの「主要授業」が抜けてしまうことになる。おそらく年間の授業予定とかはあるだろうから、担任が3週間も抜けると計画はかなり崩れるのではないだろうか。長女の学校は全学年並行クラス制(こちらではそう呼ぶようです)で、2クラス編成。長女のいる7aは授業が止まってしまっていても、きっと7bは予定通り進んでいるだろうし。うーん、どうなるんだろう? 長女個人にとってはあまり問題ない、といいましょうか、むしろドイツ語があまりわからないことの影響の大きい授業が減ることは、うれしいことかもしれないけれど。

 実はちょっと前にも2週間ほど担任の先生は病気で休んでしまったことがあった。でもそれはその先生に限ってのことではなくて、ほかの先生もよく休むのだ。いや、教職者に限ったことでもなくて、みーんなよく休むらしいのだ。ドイツに来てすぐに申請したビザ(滞在許可)がなかなか出なくてお世話になっている研究所の先生に問い合わせてもらったときも、なんとアルファベットのLからMあたり(うちはMAEHAEA)を担当している係官が今週は病気で休んでいる、とか言われたそうだ。その先生の解釈では、「きっとずっと休んでいるんだよ」だって。

 推測するに、きっとからだの具合が悪くて医者に行くと、「3週間の療養が必要」とかいった診断書が出るんじゃないだろうか(たとえば、ですよ)。そうすると、その間に体調がよくなったとしても3週間は人間としての当然の権利として休む、ということなのではないか。だって、そう考えないと、月曜日の時点で「金曜日までは1、2時間目カット」といった決定はできないから。

 純名里沙みたいな奥さんが、「あなた、熱あるんじゃないの?」とかいって、旦那が「ああ、でも今日は大事な会議があるからね」なんていって、よく効く風邪薬を飲みながら出勤するコマーシャルがあった。あれはたぶん奥さんが純名里沙ではないほとんどすべての日本の労働者にとっても当たり前。いわば私的な都合である「自分の病気」なんかで会社や社会や生徒たち…に迷惑をかけてはいけないと思うから。それは責任感、と表現されたりするのだ。もちろん自由ヴァルドルフ学校の先生も教育に対する責任感は強いに違いない。だけれども、それなのに、どうしてそんなに休むんだろう? こう考えてしまう僕らの感性は、やっぱりちょっと非人間的に過ぎるのだろうか?

 タイトルが意味不明かもしれません。「彼岸」は、この場合、お墓参りに行く「お彼岸」のことではなくて、「何かを超越した向こう側」のことですね。もはや日本も滅私奉公の時代ではないけれど、でもそれに代わる生き方、働き方の規準が何なのかよくわからない、というのがこのタイトルの意味でした。



夜がくる!(11月第3週)


フランクフルトに夜がくる!

 10月末にサマータイム期間が終わって時計を1時間戻した。つまりそのときには時計の上では日の出と日没が1時間早くなった。朝、長女が学校に行くときには真っ暗という状態が、1時間分戻ったのだ。しかし、それから3週間、日の出はどんどん遅くなり、再び朝が真っ暗。7時はまだ夜中。またバス停まで長女を送っていくことになる。日没はどんどん早くなる一方。5時には5メートル先の人の顔も見えない。

 日が一番短いのは、世界共通で冬至の日のはずだから、あと1ヶ月ほどひたすら日が短くなり、そのあとはまた長くなり始めるのだろうか? でも1月2月のほうがぐぐっと冷え込むとも言われているから、なんとなく1月2月のほうがもっと暗いような気もするのだけれど、どうなんだろう? ともあれ、これまた世界共通のはずの春分の日がきたら、昼と夜が12時間ずつになるはずで、日の出も日没も6時くらいになるんだろうか。その日を楽しみに、冬ごもりだ。

 研究生活的には(これについては詳しくここに書こうと思ったけれど、やめました)、あんまり寒く、暗くなると、学校訪問に出かけるのがつらくなる。なにしろ車がないので電車・バス・徒歩。学校っていう施設は必ずしも便利なところにあると限らないので、かなり歩くこともある。冬はやはり、(当初の予定からしてもそうなんだけど)図書館中心の作業にしよう。

 我が家はほとんど外食をしないので、暗くなってから町を歩くことがない。僕自身、基本的に夕方には帰宅。だから夜を知らない。さてつい先日、日本から知り合いの先生がきたので、二人で夕飯を食うことになった。ビールを飲みワインを飲み、気がつくと(って別に気を失っていたわけではないぞ)9時半。ほんとに真っ暗。昼間はにぎやかな研究所の最寄駅の商店街も人気がない。その先生と別れて市電の停留所に向かって歩く間、妙に緊張してしまった。

 と!そのとき! 中学生くらいの少年が二人、そのうちの一人が僕に足早に近寄ってくるではないか! しかも何か言ってるぞ!なに? 「たばこ持ってない?」だって。ないよ、っていったら、あっちへ行ってくれました。よかったよかった。そんなに物騒な地域ではないはずのところだから、あんまり心配も要らないんだけど、どきどきした。やっぱり夜は怖い。日本なら、夜中の2時に森林公園から小川町まで歩いていても怖いことはないのにな。家に帰ってからの○○が怖いけど。

 


ゴミ拾い(11月第2週)


これを書くと、妻は怒るかもしれないけれど... 我が家ではときどきゴミ置き場から拾いものをする。今までに拾ったものは、テラスに置くプラスチック製の椅子3脚、部屋の中で使える椅子1脚、大型の脱衣カゴみたいなもの、室内用物干しなどなど。テレビも拾おうと思えば拾えたのだけれど、テレビは見ない方針だったので断念。プリンタや、昨日まで動いてたに違いないパソコンとかも捨ててある。

 そんな、人が捨てたものを拾うなんて、と思うわけですが、当地では少々異なる価値観があるみたい。長男を学校に送りがてら、そんなゴミ置き場のひとつでまだ使えそうだな、と思うものを見つけて、あとでよくみてみようとか思っていると、もうなくなっていることがよくある。つまり誰かほかの人が「拾って」いっちゃうわけ。つい先日、僕の今の研究活動のメインである校長インタビューで、少しはなれた学校にいったときのこと。市電の駅からその学校に行く途中で「バランスチェア」を見つけたのだ。みどりが丘の我が家のリビングに来たことのある人はみたことがあるかもしれない、ひざを支えにして座るタイプの腰にいいといわれるウッディな感じの椅子。<あれは折りたためるはずだし、インタビューが終わったら家に帰るだけだから、あとで拾おうかな>なんて考えつつ、帰りにみたらもうないんだな、これが。惜しいことした。

 電気スタンドとか、電話機とか、よく捨ててある。大型の家具もよく捨ててある。ベッドとか、洋服ダンスを分解したものとか、ソファセットとか、システムキッチンとか。正規の集積所とは思えないところにどかどかと捨ててあるそういった粗大ゴミは、ときどき市のゴミ収集車が回収にくる。そのゴミ収集車に、作業員の人たちが捨てられているベッドをその形のまま食べさせるように押し込んでいるのをみたときはちょっと驚いた。いくら日本のものよりは大型であるとはいえ、さすがにベッドをひと口で食べきれるものではなく、中で回転する鋼鉄のあの「歯」でバリバリッとかみくだきながら、それでも結局ベッドを食べきってしまうのだ。その次はソファ。これは丸ごと一気食い。パワフルだ。たぶんテレビも丸ごとバリバリッと食べてしまうに違いない。

 ソファとかベッドとか洋服ダンスとか、一見高級そうに見えても張りぼて風に作ってある家具が多いのかもしれない。値段も安いみたいだし、わりと使い捨て感覚のようなところもあるのかもしれない。よくできたカラーボックス(あの3段くらいの安っぽいやつですね)みたいなものだろうか。まだ使えるものでも(つまり機能的に壊れてはいないってこと)ぽいぽい捨てちゃって、バリバリ回収して、たぶん焼却する。そのすきをついて(って言うのかな)、使えるものを拾う人がいる。なんだかヨーロッパの人っていうと、みんな一生ものとか100年もののような家具を大事に使っていて、ゴミをあまり出さない「環境にやさしい」暮らしをしていて、などと思っていたのだが、そうしたイメージは必ずしも正確とはいえないようだ。もちろんここにもまたまた階層差の問題があるのだろうけれど。

 というわけで、今拾いたいものの筆頭は、ちゃぶだい風のローテーブルなんだけど。落ちてないかな。



ドイツからの便り(11月第1週)


少々更新をサボっていました。中だるみです。でもこの間に、あまり人目に触れない某教育関係雑誌に小さい原稿を書きました。一応「草稿」という扱いで、ここからリンクを張っておきます。関心のある向きはどうぞご笑覧ください。

  「ドイツからの便り1」

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